夜明けの空

―カウンセリングスクール日記―
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親鸞

 引き出しの整理をしていたら
中国新聞に連載されていた

五木寛之の親鸞の切り抜きが出てきました。

比叡山におつかいをたのまれた子供の親鸞は

途中で夜になり

真っ暗闇で背中の荷物の重さが身にこたえ
体が思うように動かず

いまにも深い断崖からまっ逆さまに落ちていくようで
真の恐ろしさを感じ

思わず泣き出してしまった。

そのとき、空から月があらわれ
木々のかなたに、かすかな灯火(あかり)が見えた。

「月の光があたりを照らしたからといって
背おっている荷物が軽くなったわけではない。

遠くに横川の燈(ひ)が見えたからといって
そこまでの道のりが近くなったわけではない。

荷の重さもかわらない。
歩く道も近くはならない。

だが、わたしはたちあがり
歩きだすことができた」
(中略)

「心の闇は、いったん晴れたようにみえても
すぐにまた曇る。
(中略)

われらは凡夫である。

絶えず心はゆらぐ。
迷う。
くじける。

念仏はそういう凡夫の心を
そのつど立ち直らせてくれる
光の知らせではないか。

わたしは、そんなふうに考えてきた。」

瑣末なことに心がとらわれているより
物事の本質を考えるようにしたい

元京セラ会長の稲盛和夫氏が

「なんまん。なんまん。ありがとう」

と言っていたと本で読んだことがあります。

心を落ち着かせる方法として
お念仏もアリかなぁって思いました。

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